株式会社ステイハングリーに、また一人熱い男が加わりました。高校時代はラグビーに打ち込み、最後の1秒までトライを諦めなかった執念。そして「自分の未来を切り拓きたい」と、青森から退路を断って上京してきた行動力。今回は、新入社員・村田のルーツと、彼が描く10年後のビジョンに迫ります。

村田さんの「負けず嫌い」を象徴するエピソードを教えてください。

村田: 高校3年生のラグビー引退試合ですね。残り時間はわずか、スコアは0対26と敗北はほぼ確定していました。でも、「この1プレーで絶対に点を取る」ことだけは諦めませんでした。最後の最後で自らトライを決め切った時、試合には負けましたが、最後まで足掻き抜いた喜びは大きかった。後日、友人からそのトライのことを語り草にされた時、誰かの記憶に自分を刻めたことが何より嬉しかったんです 。

「東京なら未来は明るい」決意の即実行。青森から東京、そしてこの業界へ飛び込んだ理由は?

村田: 地元に居続けることで、自分の可能性を狭めたくないと思ったからです。「自分にしかできないことで、自分でお金を生み出せるようになりたい」という野心がありました。「東京なら可能性がある」と思っても、実際に動ける人は多くない。でも僕は、思い立ったらすぐに動く「行動力」だけは誰にも負けない自信があります。将来を考え、スクールに通って知識を身につけ、妥協せずにステイハングリーという場所を選びました 。

「知ることは愛すること」を胸に、信頼を築く。仕事をする上で大切にしていることはありますか?

村田: 座右の銘である「知ることは愛すること」という言葉です。まずは関わる人やクライアントの会社のことを徹底的に知る。そうすることで提案に自信が持てますし、相手へのリスペクトも生まれます。以前、先輩から「クライアントの気持ちをもっと考えろ」と厳しく指導されたことがありました。それ以来、相槌やメモの取り方一つから意識を変え、相手に安心と信頼を感じてもらえるよう努めています 。

3年後、10年後のビジョン「君に頼んで良かった」と言われる大人へ。これからどんなプロフェッショナルを目指していきますか?

村田: 3年後には「村田がいないとプロジェクトが回らない」と言われる存在になりたい。そのために、今は業界用語の習得や過去の案件リサーチなど、自分に期待されている以上の動きを意識しています。いつか自分が主役になって、スカイライティングで空にドラえもんを描くような、世の中の度肝を抜くプロモーションを仕掛けてみたいですね 。

そして10年後。青森の街を歩く時に、綾野剛さんのような余裕と品格、オーラのある「カッコいい大人」になっていたい。クライアントから「君に頼んで本当に良かった」と言っていただけるよう、事前の準備をきっちり納得いくまでやり抜き、誰よりも熱量を持って案件に向き合っていきます!